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貸付制度が無い中小企業が社員にお金を貸す方法(借用書と労使協定)

2022/09/14

(最終更新日:2023/05/15)

個人事業主から事業が成長して、従業員を雇い入れするようになると、従業員からお金を貸してほしいと言われることがあります。

零細企業に入社してくれた感謝もありますし、普段から会社のために頑張ってくれている従業員を無下にはできず、生活に困窮する従業員に手を差し伸べてこそ経営者と考える方もいらっしゃるでしょう。もちろん生活が早期に安定した場合には一括で返済してくれれば問題ありませんが、そういうケースは稀です。

しかし社長のポケットマネーならともかく、会社の資金を貸し付けするようであれば事業のキャッシュフロー上にも悪影響がありますし、返済せずに「連絡が一切とれなくなる」可能性も当然、万が一以上に想定するべきです。

会社が従業員に対して金銭を貸付する「従業員貸付制度」は古くから大企業に勤務する従業員の住宅購入費や冠婚葬祭などまとまった費用に対して極めて安い金利で活用されてきましたが、貸付金制度が無い中小企業でも会社が従業員に貸し付けることはよくあることです。今回はそんな中小企業が従業員に金銭を貸付する際の注意点と、万が一のために用意しておくべき書類について解説します。

 

■従業員貸付のメリット

会社が従業員に金銭を貸付するメリットとしては、従業員の私生活の安定はもちろん、従業員が会社に生活費を借りた恩義を感じることによって、熱心に働くことが期待できます(実際は人それぞれですが)。最近はコロナや物価高騰によって私生活が困窮している可能性もあります。在宅勤務によって精神を病み、私生活がみだれて支出が増加しているかもしれません。従業員への貸し付けはそんな従業員たちの生活に金銭支援をもって安定を図ることや、消費者金融から借入して多重債務に陥り会社への連絡や給与差し押さえに怯えて会社を辞めるような事態を防ぐ効果もあります。

 ①従業員の満足度向上

 ②従業員の離職率低下 

 ③従業員の一時的生活補償

一方、従業員に金銭を貸付する際のデメリットについては言うまでもなく、返済が滞り完済されなくなるリスクです。重責を担う従業員や人員不足の場合にはリスクを踏まえても貸付に応じなければならない『諸事情』がありますが、ビジネスは善悪ではなく損得です。関連法律やリスク対策について実務面からポイントを押さえていきます。

 

■従業員へ貸付時に考慮する関連法律

☑賃金は全額を毎月一定期日に支払しなければならない(労基法24条) 

☑給与天引きが認められる場合であっても、賃金の1/4を超える部分については控除することはできない(民法510条、民事執行法152条)

☑前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない(労働基準法17条)

 

■貸付する前に「非常時払い」を検討

労働基準法第25条には「労働者が出産、疾病、災害その他厚生労働省令で定める非常の費用に充てるために請求する場合においては、支払期日前であっても、既往の賃金の支払をしなければならない」とされています。つまり、急用のある労働者から賃金の前払いを求められた場合は会社は既に働いた分の給与を支払う義務があります。マクドナルドなどアルバイト集めの手法として「非常の費用」を広く解釈した『給与前払い制度』を実施している飲食チェーンも多く見かけますが、貸付するよりも会社の負担が少なく、また貸し倒れリスクもないため少額であればまずは非常時払いを検討してみましょう。中小企業の実務では現金小口等から支払い受取証を受け取り(立替払い)、次の給与支払いで控除するのが簡便な方法であり一般的です。特に注意すべき法的問題点もありません。

 

■実務上用意すべき書類

従業員へ貸付する際には「貸付日」、「貸付額」、「利息」、「返済開始時期」、「返済額」や、「返済が滞った場合」について定めなければなりません。少額の場合などはこれらを書面にせずに貸付することも実態として多く行われていますが、追加、追加で高額になっていく場合もあり、利息を付さない場合や貸付である旨の証明がない場合は返済を要しない貸付とされ原則として贈与税の対象ともなります。また、滞った場合に書面が無ければ貸付の証明がなく、もらったと主張されれば回収は難しくなります。個人間であれば返済を期待しない美しい考え方ともいえますのでそれでも良いかもしれませんが、事業主が従業員に貸付する際には返済が滞らないよう初めからルールを定めることと、滞った時に少しでも回収の可能性が高まるよう準備しておくことに尽きます。そして、回収する方法としては貸付債権の存在を証明できる書類を用意することは当然として、一切連絡を拒否する前の在職期間中に従業員の給与や賞与、退職金など債権から天引きすることが現実的に考えられる手段になります。当事務所への相談も、「貸付金を給与から天引きしてよいか」という相談は多く寄せられます。

さて、有名な最高裁の判決によれば、賃金の天引きが認められる場合として、「自由な意思に基づいて相殺に同意したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する時(日新製鋼事件最判平成2年11月26日)」とされています。それでは天引きが認められるための要件として外せない4つの書面の作成ポイントを整理していきます。

※給与債権は労働者の私的な経済活動に大きな影響を与えるものであり、事業主側で容易に控除や減額することは認められず、最判となった時には「厳格かつ慎重に」判断されるため万全はありませんが、それでも逃亡や開き直りなど踏み倒しを抑止するためには有効と言えます。

 

1.就業規則による規程

従業員10人未満の会社には就業規則の作成が義務付けられていないため、就業規則自体が無い場合もありますが、会社が従業員に貸付する場合には根拠規定が必要になりますので、就業規則の作成が必要になります。最高裁判決の趣旨からすれば就業規則への規定は絶対要件とされていませんが、トラブルをより防止するための就業規則の一部として『従業員貸付金規程』などとしてルールを作成するようにします。こちらは詳細でなくとも、「会社は従業員に貸付することがある、その場合は別紙労使協定等による」程度でも問題ありません。

 

2.労使協定による規程

労働基準法24条1項には、①法令に別段の定めがある場合(所得税や社会保険料の源泉徴収等)、②事業場の過半数代表者との労使協定がある場合には賃金の一部を控除することも許されると規定されています。よって、従業員の賃金から貸付金を控除するためには労使協定の締結が絶対条件となります。労使協定には法律で決められた様式はありませんが、少なくとも「貸付金の返済を賃金支払い時に控除できる」規程と、労使協定の有効期間(更新の有無)、会社印および適切に選任された労働者代表の署名捺印は必要です。

 

3.借用書による規程

通常の貸付と同様に、会社が従業員に貸付する場合も「借用書」として借入の事実を明確にします。先にも述べたとおり、「借入額」、「借入日時」、「利息」、「返済開始日」、「返済方法」について詳細を定め、署名捺印させます。信用しているメンバーだからといって100万円を超える貸付で借用書を取らなかった場合は踏み倒されるケースが大半で、会社の貸付金は完済される方が稀です。しっかり借用書を用意し、高額であったり返済能力や借入理由が疑わしい場合には連帯保証人として家族の署名や印鑑証明を添付させるなど、より慎重さが必要です。借りる前ならば誰でも熱心に借入書類作成に協力しますが、金を手にした後の人間は非協力的になります。失望したり腹をたてないように、前もってしっかり書面を準備することが禍根を残さないためには大切です。

借 用 書

(金銭消費貸借契約)

株式会社●●

代表取締役 ●●●● 様

 借用金 金     円

1.   私は貴殿より令和●年●月●日、上記の金額を借り受けました。

2.   上記借金につき 令和●年●月●日以降毎月同日、金●円に利息を付し、毎月均等に分割返済します。

3.   返済方法は現金の持参または、毎月給与から天引き控除して支払うことに同意します。

4.   他の債務のために強制執行または破産申し立てを受けたときのほか、無断欠勤(行方不明を含む)、解雇又は退職することとなった時は分割支払いの利益を失い、直ちに債務の支払を請求されても意義はありません。

5.   利息は年-%とし、遅延損害金は年–%とします。

以上

令和●年●月●日

(借主)

住所           

氏名          印

 

4.返済同意書による念押し

返済に給与天引きを同意することについて再度念押しすることがより効果的と言えます。裁判所では全額払いの原則(労基法24条)の意義について様々な要素を慎重に考慮することとしていますが、「自発的な依頼があったこと」、「書面作成において強要される事情が全くうかがえないこと」、「債務の返済方法を十分認識していたことがうかがえること」など、書類作成時に参考になるポイントがあります。つまり、貸付してくれるのであれば本人は喜んで署名するため、予め有効と考えられるものは全て貸付前に署名させておくことが必要です。給与天引きは双方の同意という同意書の形式ではなく、給与等の債権から天引きして返済原資に充当していただくことをお願いするような借入者からの依頼書とする形式の方が有効とも考えられます。文例としては、「返済忘れや返済手続きの煩わしさを避けるため、毎月の給与、賞与、退職金等債権から天引きして借入金の返済に充当していただくようお願い申し上げます。」といった内容になります。

社員を独立させない方法と、独立の嫌がらせを回避する方法

とはいえ実際問題として

少額の借入を繰り返し無心してくる、約束していた返済が少しずつ滞る、本人が理由とする使途が疑わしい、私生活が乱れている、ギャンブル中毒の疑いなど、最初は(嘘とわかって)信用したけれど後から後悔することが実際には多くあります。会社からの信頼関係を失ってしまうような「問題社員」となれば、事業主としては退職させたいといつか必ず思うでしょう。とはいえ現実的には、貸した金を全額返済させたうえで、自ら退職してくれるような都合のよい社員のはずがありません。実際にはいずれかを選ぶことになります。そしてそういった問題社員は借入の恩を忘れて報復してくることも考えられます。この時点で書面を用意しなかったことを後悔するのが普通の経営者かと思います。

しかし、退職を同意させる条件として返済を免除すれば贈与、会社であれば賞与であり社会保険や課税関係など面倒な事務処理が発生します。それならば退職金とするにも前述の通り賃金控除の原則を無視して一方的に相殺したり、相手にいったん退職金を渡してから返済させることは危険すぎます。こういった板挟み状態になるとすっきり解決することはほぼ不可能です。退職届をどのように書かせるか、債権債務の精算に同意書を作成するのか、そして返ってこない従業員への貸付金を帳簿からどうやって消すのか、相談先の無い中小企業ならなおさらわずらわしい問題です。

終わりに

いかがだったでしょうか。長く会社経営を行っていますと、従業員から「社長、お金貸してもらえませんか」というセリフを何度も聴くことになります。そして、その相談は「どう貸すのか」によって、結果が大きく変わります。

優秀な従業員や信頼している従業員であっても、金銭トラブルは必ず関係を悪化させる「縁の切れ目」となります。そして、怨恨となるようなトラブルは「そんな人間と思っていなかった」から始まります。信頼できるからこそ、お互いの理解に勘違いや不公平が無いように書面を残しておくことが絶対です。十分に準備してなお踏み倒されたなら、後悔も無く爽やかな気持ちで督促業務に取り掛かることができます。

従業員にまとまったお金を貸す際には顧問社労士または当事務所までお問い合わせ下さい。

★貸付書類ひな型3点セット(労使協定・借用書・天引き同意書)は11,000円となります。

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