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安易な固定残業代制度の導入は要注意(みなし残業代の留意点)

2019/12/14

固定残業代制度は実際の時間外労働(残業)に関わらず、事前に取り決めた一定額の残業代を支払う賃金制度です。固定深夜残業代制度を採用している飲食店などもありますが、勝手な私見では完璧に運営しているホワイト会社は2割、4割グレー、残りの4割はアウト(ブラック)という感覚があります。さて固定残業代を導入する皆様の会社はどれに分類されるでしょうか。昨今の働き方改革関連の報道によって労働者の権利意識も高まっており、固定残業代制度については世間にも認知度が高まり、「固定残業代を導入する会社には入社するな」といったネット記事が上がっていたり、また熱心な人権派弁護士の普及活動によって良くも悪くも理解が広がりつつあります。

固定残業代制度

ご存じ、一週40時間・一日8時間を超えて労働させた場合には時間外労働として通常の賃金に25%を加算した割増賃金を支払わなければなりません。割増賃金は時間外労働を抑制するための企業へのペナルティーであり、通常は基本給と割増賃金を計算し合算して支払いますが、様々な企業の便宜上、時間外割増賃金にかえて定額の残業代として支給している会社も多くあります。みなし残業代制度と言ったりもしますね。

この固定残業代は労働者からすれば、「いくら残業させられてもタダ働き」のイメージが強く、また同制度を導入する多くの企業で残業代逃れの脱法行為が疑われトラブルや裁判になった過去から現在では厳格な要件を満たさなければ認められないのが通説になっています。

役職手当は残業代を含んでもいい?

役職手当は「店長」や「課長」、「部長」、「主任」など、社内における一定の役職者に対して支払われるもので他の賃金と混同しやすいため、事業主だけでなく労働者でも多くが間違った解釈をしています。

 

「管理職だから残業代はありません」

 

「役職手当には残業代が含まれている」

 

こういわれれば確かにそんな気になりますが、間違いです。このような扱いをしている場合には残業代が未払いになっている可能性が高く極めて危険な状態です。近年は労働基準監督署への申告や裁判に訴えるだけでなく「あっせん」や「調停」など、様々な未払い賃金回収の手段があり、また弁護士事務所であれば必ず扱うことのできるポピュラーな債権回収業務となっているためいつ訴えられるかわかりません。知らなかったならすぐに是正しましょう。知っていたならもうどうにでもされてください。

さて固定残業代制度の要件について概要を確認していきましょう。

①労働契約の要件を満たすこと

労働契約として有効にするためには明記された就業規則を周知するか、雇用契約で合意されていなければなりません。これら要件を満たさずに固定残業代を支払っている場合には効力を生じないものと扱われます。就業規則に規定があっても労働者に周知されていなければ労働契約としては効力を生じない点にも留意が必要です。就業規則と労働契約の両方を押さえておくことが安全な運用です。10年ほど前に猛威を振るった残業代削減を専門とするコンサルタントの指導を受けたり情報を仕入れたりなどで中途導入した場合には単なる残業代請求対策として要件を満たしていないものが多くあります。

②金額と時間を明記

固定残業代を支給するためには通常の基本給と分け、「何時間分をいくらとして支給する」旨を明記し基本給との違いを判別することができるようになっていなければなりません(最小判平24.3.8高知県観光事件判決,他)。最低賃金の上昇で抵触してしまったままになっている会社も多くありますので毎年計算しておきましょう。

③超過分の支払

固定残業代を払っている場合でも、実労働時間が超過した場合には超過分を支払する義務があります。つまりは、固定残業代として支払っていても労働時間管理と給与計算は必要になります。一時に猛威を振るった残業代削減を専門とするコンサルタントの話を鵜呑みにして固定残業代が事務簡素化につながると信じて導入した会社もありますが、事務の簡素化に効果はありません。「時間管理と給与計算は通常通り計算し、比較したうえで高いほうの支給額で決定」するためむしろ事務は増えているかもしれません。

④36協定の締結

時間外労働をさせる場合には労働基準法36条によって労使協定書を締結し、労働基準監督署長に届出しなければなりません(36協定)。中小企業は4割しか提出されていないと言われていますが、提出せずに残業すれば即法違反となります。固定残業代を支給するのは「残業ありき」が前提のため、36協定は当然に締結・届出しなければ訳が分かりません。

 

これら最低限の要件を満たしていなければ固定残業代制度の不備で無効と判断されるため、裁判となれば未払い賃金を支払う羽目になります。また、1人の従業員に敗訴すれば、第二・第三の同待遇の従業員から請求訴訟が続き、相当なキャッシュアウトになりかねないことも忘れてはいけません。

 

固定残業代制度の廃止はなぜ反対されるのか

固定残業代制度の無い企業に勤めている側からすれば信じられませんが、固定残業代制度を廃止するときには相当数の反対者が出ます。それは、固定残業代も毎月決まって支払われる金銭に違いはなく、既に住宅ローンや子の学費のあてにしたりなど生活を支える給与になっているためで、残業しないのなら残業代は支払わないという「ノーワークノーペイの原則」が機能しなくなっているからです。

固定残業代を一度導入すると、会社側からの一方的な廃止は労働契約法上の不利益変更に抵触する可能性があるため簡単にはできません。みなし残業代部分を廃止するなら基本給を上げろ、つまり総額を保障しつつ制度を廃止することであれば労使同意を取り付けやすくなりますが、基本給を上げると今度は実際の残業代の割増賃金単価が比例して増加することになります。個々の企業の時間外労働の実態や労使間の協議を重ねた慎重な改訂が必要となり、一度導入した制度を廃止するためには相当な労力を要することになります。

これら残業代が生活を支える重要な糧となっている事実は固定残業代制度を導入していない会社でも残業代のためにダラダラと仕事を延ばしたり、一日の仕事の組み立てを時間外労働ありきで個人で判断したりなど、「生活残業」として日本固有の多くの問題を孕んでいます。こういった生活残業を行う従業員が多い事業所ではあえて固定残業代制度を導入する方法もありますが、たとえば「ノー残業手当」などでネーミングを工夫したり、激変緩和の猶予措置(期限付き制度)としたり、削減した残業代の一部または全部を賞与として支給するなどして会社全体の意識変革を目的とすることが考えられます。

 

「固定残業代の範囲内であればどれだけ働いても同額が支給されるため、従業員の残業時間抑制の意識が働く」

 

という専門家もいますが、これは経営者が残業をどう捉えているか、固定残業代制度の真の目的で結果が大きく変わります。支払うと決まっている残業代分は当然に働かせたいと事業主が考えていた場合、どちらが上回るでしょうか。残業が無いのであれば固定残業代制度も必要ないため、業主側はただ親切に支給していることになりますが、それなら基本給でいいはずです。

 

時間外労働の上限規制とモーレツ社員

2020年4月1日から中小企業にも時間外労働の上限規制が適用され、原則として月45時間、年360時間とされ、臨時的な特別な事情が無くこれを超えた場合には法違反となり罰則(6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金)が適用されます。月45時間と言えば、一日2時間程度の残業に該当します。

とにかく給与さえもらえれば長時間労働は気にしない、給料のために何時間でも働きたい猛者を当方は否定しませんが、そういったモーレツ社員を抱えることは現代の経営上は極めてリスクが高く、モーレツ社員の気が変わり、そのエネルギーが怒りとなって企業に向いたときには企業は多くの債務を抱えていることになりかねません。また近年のIPO(新規上場)審査では労務管理が厳しくチェックされる傾向にあり、固定残業代制度は簿外債務を生みやすい構造として要件を厳しくチェックされるため、IPOが視野に入ってきたミドルステージ以降の企業は注意が必要です。最低限の基礎知識を身に着けた普通の従業員を雇用したいのであれば残業時間は減らしていくことが良いかもしれません。

 

求人情報の見栄えが良くなる

固定残業代制度の唯一のメリットは、「求人票の見栄えが良くなる」点にあります。なぜなら、多くの求職者は「総支給額」を基準に求人情報を判断しており、「時間給換算」するほど給与計算に理解のある人はわずかです。企業にとっては固定費が底上げされるベースアップと同様の負担になりますが、採用難・人材不足の昨今では固定残業代を導入するメリットはこの一点にあります。しかし一方で、「求人票の見栄え」と「ミスマッチによる離職」は相関関係にあります。副業や兼業、ワークライフバランスを重視する層や出産・育児・介護など多様な働き方に不寛容な制度であり、また長時間労働を嫌う若者の離職率は高まるといえます。まず時短勤務を希望する人材や将来の時短勤務まで考慮して長く働きたい人は応募しませんし、労働者の無知を利用した狡猾な制度悪用をしている会社も多くイメージが悪いため固定残業代の批判は増加している情勢も知っておくべきでしょう。

 

固定残業代制度を選択できるようにする

就業規則の条件を下回る労働契約を締結した場合、その労働契約は無効とされ、就業規則で定める基準が労働契約の内容となります(労働契約法12条)。それでは、就業規則に固定残業代制度はあるものの、希望する従業員に対しては固定残業代制度を適用しないことと労働契約した場合は無効とされるのでしょうか。不毛な議論と一蹴されるかもしれませんが、要は働く人たちのライフステージに併せて、仕事に打ち込む時期もあれば、家族に貢献する時期もあるわけで、私生活に配慮した「労働契約の選択」を考える時代に来ています。一つの働き方しかできない会社であれば、ライフステージの大きな変化が起きた時には辞めるしか選択肢が無く、せっかく高額な教育資金を投じた従業員を失うことは企業にとっても大変な損失となります。中小企業は深刻な採用難が続き、一人でも多くの従業員を長続きさせるための「定着計画」は「採用計画」と双璧をなすほど人事上の重要な戦略になります。パートからフルタイム、フルタイムからパートタイムへ、細くなったり太くなったりできるフレキシブルな働き方を提案できる企業が人材に困らない会社の一つの要件ではないでしょうか。

 

おわりに

固定残業代制度は法律違反ではないと言われてしまえばほとんどの労働者は反論することはできませんが、賃金制度は法律との適合性は当然として、「全体として正しいか」という高い基準をもって制度設計していただきたいと願うばかりです。(当社は固定手当の無いシンプルな安月給制度です)

 

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